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zoom RSS 十割蕎麦かぜのたみ・天山歴史散歩5

<<   作成日時 : 2006/03/13 09:04   >>

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今日は、天山歴史散歩というにはちと憚られる太宰府の説明です。太宰府天満宮が造営されてから1,100年超、太宰府政庁が置かれてから1,300年の歴史と一緒に語ることは許されないでしょうが、その当時菅原道真他、都から派遣された官吏たちの無聊を慰めたであろう筑紫野の自然と人たちも生活を刻んでいたはずですからご勘弁ください。

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西鉄天神大牟田線都府楼駅:ここら辺りからが太宰府への道筋です。ここから「十割蕎麦かぜのたみ」まであちこち見学しながら2時間半でしょうか。都府楼駅を11時ころ出発し、お腹をすかせて蕎麦をひたすら食べまくるというのも春爛漫の一日として良い選択かと。


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天神様の細道:童謡で歌われる細道はここです。



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旧国道3号線と政庁通り:左側政庁通り沿いに太宰府政庁跡〜戒壇院〜観世音寺〜太宰府天満宮です。右側旧3号線を行けば二日市温泉、武蔵寺などがあります。この道も「十割蕎麦かぜのたみ」に行くルートです。


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学業院中学校:本校の校名は、奈良時代、大宰府政庁の役人養成の学校である府学校の名称から由来しています。府学校とは、当時の役人養成の学校名ですが、当時の学校を別名、学業院、または学校院と呼んでいました。 学業院という名称は学校設置の地名が小字名で、「学業」と称していたことから生まれました。
この学業院が名実ともに国学の養成所として機能しはじめたのは、大宰府大弐となった吉備真備によってです。したがって、学業院の創設は754年となっています。当時は二百余名の学生がおり、明経(儒学)、算(数学)、医(医学・薬学)を教え、非常に教育熱心な学校でした。吉備真備の息子・吉備泉も当校から平城京の大学寮を経て大学頭に就任しました。しかし、11世紀の半ば、観世音寺との土地問題からいつの間にか学業院は姿を消していきました。(学業院中学校ホームページより)


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学校院(学業院)跡


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太宰府政庁跡:礎石が1,300年の歴史を語っています。


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戒壇院

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観世音寺


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観世音寺梵鐘:国宝です。NHK行く年来る年ではよく登場する鐘です。

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西鉄太宰府駅

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太宰府参道とお土産やさん:九州国立博物館効果でしょうか、韓国、中国からの観光客も多くなってきました。

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光明禅寺:天満宮の太鼓橋を渡る前に寄ってみられたら?お庭が見事です。


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太鼓橋


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太宰府天満宮:3月中旬の今でも合格祈願の御札を授かりに参拝の方が絶えません。

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九州国立博物館へのエスカレーター:バリアフリーにもきちんと対応しています。


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九州国立博物館:見学には2時間くらいかけてゆっくりご覧ください。


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九州国立博物館前待機のタクシー:約10分、1,700円くらいです。徒歩で早脚の人は1時間。さぁ 「十割蕎麦かぜのたみ」の蕎麦が待っています。


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十地蔵:博物館を出て左に行けばすぐにあります。


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太宰府カントリークラブ:十地蔵を過ぎた右側の緑の中のゴルフ場です。


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原(はる)交差点:これを右折してもお店には行けますが、初めての方は真っ直ぐ行った方がわかりやすいでしょう。


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農業試験場前信号:これを右折して、宝満川沿いに下って行きます。お店までもう信号はありません。

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ここで左折し、宝満川と別れあと少しで「十割蕎麦かぜのたみ」です。


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いらっしゃいませ!店主N・Tさんお迎えです。


梅列車雀のごとく老いはしやぎ(紀明)


住所
福岡県筑紫野市天山537
092−926-5998
十割蕎麦かぜのたみ
営業時間 11:30〜15:30  17:30〜21:00
定休日   火曜・水曜 祭日は営業


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